何か決めごとがある場合、多数決で決めるというのは、地方においてはとっても危険です。

別に、君主制がいいっていうお話じゃないですが、物事を決めるのに多数決を使うことが、地方にとっては衰退を加速させる危険な方法になることは認識しておくべきです。

変わっていかなきゃ生きてはいけない


ここでは何度も書いてますが、これからの時代を地方で生きて行くには、今まで通りに生きていくというのが一番危険なコトです。
既存の産業頼みでは生きてはいけませんし、次々と新しいコトをスタートさせて試行錯誤をする必要があります。
成功も失敗もあるでしょうが、とにかく経験値をあげて、生きていくための産業を根付かせていく必要があります。

少子高齢化社会では既存産業保護が優先される


ところが、地方は少子高齢化。
物事の決定権も高齢化してます。

年配の方々というのは、既存の産業で生きてきた方々です。
誰しもそうでしょうが、自分が生きてきた産業(会社、組織)というのは大事にしたいと思うでしょうし、残したいと思うのはある意味自然なことです。

このため、産業政策を決めるときに多数決で決めてしまうと、昔の産業を保護することに注力しがちで、新しい産業を興すことに消極的になってしまいます。

自分の可能性に枷をはめたくない若者にとっては、新しい産業を興せるかどうかは将来を決める重要なファクターです。
既存産業にいつまでも余計なカネを回す姿は、年寄りの自己保身にしか映りません。
こんな見通しの地方に残りたいとは思わないでしょうね。

多数決は、どちらでもいい時に使う


多数決というのは、素人も玄人も等しく一票を投じてもらって、物事を決めるシステムで、それ自体は妥当な意思決定システムです。
話し合いで決めきれない、言ってみれば「どっちでもいい案件」を、どちらかに決める場合に適した方法です。

ところが、そこに各々の利益や利権が絡んできた場合に、たいていは自分の損得に置き換えてしまいます。
そうなると、常に現状維持が選択されます。
今の世代はまだいいんでしょうが、次の世代には未来がなくなってしまい、地方から出て行かざるを得ないコトになってしまいます。

未来のコトを決める時や、専門的な判断を決める時に、迂闊に多数決で決定しまうことは、地方にとって非常に危険なコトであるのは明らかです。

まとめ


こーゆーことは、あまり書きたくないです。
まわりに多い年配の方々には受けの悪い話ですし。

いちおう、こういう認識もあるっていうことだけ覚えておいてもらえれば。
自分が知ってる、地方で頑張ってる若者は、こういう年配の方々との利権対立には絡まれたくなくて、既存産業からなるべく距離を置き、独自独立で動いてる人が、けっこうたくさんいらっしゃいます。

それに対して、既存産業を保護する動きが、新しい産業には逆風になることが多々ありまして。
支援するまでもいかなくても、逆風になるようなコトだけでも無くなってくれれば…というお話でした。

以上。
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