車検の代車で、久しぶりにCVT車に乗るなど。

CVTなので、どの程度踏めばどのぐらいエンジンが頑張ってくれるかとか、そのへんあたりが掴めないうちは、とんでもなく運転しずらい代物でした。

それでも、試行錯誤を繰り返して、だいたいクセをつかめてくれば、それなりには乗りこなせるようになる。

制御系のクセさえわかればなんとか。

自己満足度の高さ


たまに、こうゆう車に乗ると、つくづくMT車はいいなぁ…と思う次第。

たいした車に乗ってるわけではないですが。



別に、MTの方が優れているとか、自分は運転技術があるからMTの方が向いているんだ…とか、そーゆーコトを言いたいわけじゃなくて。

「自分の思うように制御できる」という価値を、この上なく高く評価しているわけです。

つまりは自己満足です。

でも、どうせ自分の車として乗るんなら、自己だろうが何だろうが、満足度の高い車に乗りたい。

大きくて豪華な車に乗れれば満足という人がいるのと同じように、なるべく自分の思い通りに操作できる範囲が広いことに満足する人もいるわけです。

ほんの僅かの違いが満足度に影響する


MT車では、シフトやクラッチミートのタイミングをすべて自分で操作できるし、その結果アクセルワークに対して、エンジン出力もリニアに付いてくる。

どのように車を動かしたいか、どのようにエンジンからの出力を、タイヤを介して路面に伝えるかを、かなり柔軟にドライバーが制御することができる。

別にCVT車に比べて、驚くほど上手な運転ができるわけじゃないですよ。

はたから見てたらCVTか、MTかなんて判別つかないようなレベルでの違いしかないんです。
でも、CVTが車載CPUで制御するのと、MTで自分で制御するのとでは、僅かであれ違いがある。

その僅かな違いが、自分の感覚にマッチするかどうかで、自己満足度は大きく異なる…そのへんの感覚を大事にするかどうかで、MT車を選ぶかどうかが違ってくるんだと思う。

趣味の領域だからこそ


なので、これは実用上の話というよりは、趣味の領域の話。

楽器の演奏だってそうです。

今や、PC/Mac/iPadを使えば、どんな難解な曲であろうとも、すらすら演奏することができるし、ボーカルパートですら、PCだけで完結できる技術の礎がもうある。

実際、今世の中で売られている楽曲のかなりの曲が、PCだけで作られてるし、この先、AIが作曲や編曲までこなすような世界が、割とすぐそこまで来てる現実がある。

だからと言って、人間の演奏者が不要かと言えば、そんなコトは全くなくて。

なにしろ音楽を演奏するのは楽しいですから。

この「楽しみ」を感じていられるうちは、一生懸命練習して、目一杯音楽を楽しみ続ける…ってのは無くならない。

AIが「楽しみ」っていう感覚を覚えるようになったら分かりませんが…まぁ、その時はAIとのセッションを楽しめばいいですかね。



実用だけの世界なんてつまらない


実用だけの話なら、車だって、そのうち自動運転の電気自動車に置き換わってきます。

人間は、ただ運ばれていくだけの荷物になりますし、それは未来の姿として間違ってるとも思わない。

ただ、自分はその過渡期に生きる人間だし、時計の針を戻そうとは思わないけど、かつて、車の運転行為に、そこまでこだわって、楽しんでいた人たちがいた…という跡だけは残したいかな…と。

実用性だけが価値のすべての世界なんて…つまんないですよ。
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