一袋100円の「パンの耳」。



買ってきた理由は「なんか安かったから」。

別に、パンの耳が食べたかったわけじゃないんですよね。

これって、典型的な「消費」です。

「パンの耳」に価値を見出した訳じゃなくて。

「値段が安い」を評価して買ってきた。

まぁ、意外とパンの耳が美味しかったコトは別にして。

「安い」コトに「価値」はない


今の経済社会ってのは、この原則にどっぷり浸かってる。

モノやサービスの価値以上に、それが安いことを売りにする。

値段が安いコトを武器にして、他のモノやサービスと競争する。

もっと直接的に言うと、値段が安いコトをエサにして、消費を強要されている社会。

表現の仕方は色々あろうけど、本質的にはそんなトコ。

もちろんモノやサービスを安売りすれば利益が落ちて給与も落ちる。

安価を優先しすぎれば、モノやサービスの質だって落ちる。

労働条件だって悪化するし、まさに今の時代はそんな最中にいる感じ。

希望がない訳でもないけど、なんでこんな時代になったんだろうと思うとこではある。

価値を判断できなくなった社会


一番の要因は、何かの価値を測るモノサシに「金額」以外のものを使わなかったコト。

お金になるコトが価値であって。

経済的にお得なコトが価値であって。

誰かを評価するときも、お金が稼げるかどうかで判断して。

批判する時ですら、相手がお金目当てであることに仕立てあげて。

どんなコトであっても、お金に換算して、そのプラスマイナスでしか判断してこなかった。

価値は自分しか判断できない


ただ、脱却する道はあるので、心配は要らない。

自分が何に価値があるかを、その口ではっきりと明言すればいいだけだ。

自分の行動を、お金の多寡で判断せずに、自分が価値あるもののために動けばいいだけ。

お金になるから行動するんじゃなくて。

価値のあるものの為に、もっと価値を高めるために行動する。

お金を払って、価値を手に入れるんじゃなくて。

自分の手で価値あるものを生み、育てていく。

そんなに難しいコトではないはず。

価値を考えてみようか


もちろん、お金が要らないって話じゃないし、経済を破壊してしまえ的なコトを推奨するわけではない。

無償で奉仕するコトを貴ぶという話でもないし、貧乏でもいいじゃないか…という話でもない。

今の経済社会を維持するために、消費を強要されるような生き方は本末転倒だという話。

価値のあるものにお金を使う。

そのためには、「値段」以外で価値を判断する力が、それぞれに必要。

それの価値を判断する力は、自分のだけのものであって、決して人のまねであってはならないし。

まぁ、モノやサービスの価値っていうのを、じっくり考えてみていい時期なんだと思う。
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