最近、イベント告知や、イメージ広告みたいなのに復活した秋田の舞妓さんが起用されるのを、あちこちで見かけますね。

静観するという応援


こーゆーのを見ると、いちいち小言を言いたくなられる方々もおられるでしょうし、がんばって!って声をかけたくなる人もおられるでしょう。

自分は、こーゆーのは無条件で静観するというのが一番正しいと思ってます。

批判をする必要も無いし。
応援をする必要も無いし。

直接関わる気が無ければ、じっと静観するのが、相手の負担にも、邪魔にもなりません。
いいことをしてるヒトに、いいことをしてますねって言うのは簡単ですが、そこに情熱を持って取り組んでるヒトの助けには…あんましなりません。

それよりだったら、黙って静観することの方が、無駄に反応を読んだり、過剰な期待を感じたりすることもない、一番よい方法だと自分は思ってます。

行動することがだけが応援になる


何かの形で関わりたいと思ったならば、Facebookでいいね押したり、言葉だけで応援するんじゃなくて、具体的に行動で関わるべき。

言葉だけの応援が無駄とは言わないですが、動いている立場からすれば特に何の助けにもなりません。
凄いなぁ…自分も応援したいなぁ…と思うなら、自分も、自分が本気でやりたいと思う何かに打ち込んで、形を為していくのがいいんじゃないかと思います。

ただの応援者のままでは相手の助けになることは難しいです。
自分にも何かしら形を為すものがあるのなら、お互い対等な立ち位置で助け合うことができるはず。

そうした対等な関係があちこちで出来てこそ連携による相乗効果が生まれると言うものです。

文化を根付かせることの大変さ


1つの大樹に、みんなで寄りかかっていても、何も新しいものは生まれませんし、そればかりか、根の上の土が踏み固められてしまえば、大きな恵みをもたらすはずの大樹だって枯れてしまいます。

実際、舞妓さんを復活させるというのは、相当な苦労があったでしょうし、それこそ、今後こうした文化を定着させるというのは、大変な苦労が伴うのは想像に難くありません。
相当に長い道のりです。

今、面白半分で見てる人の大半は、新手のコンパニオンぐらいにしか見てないのは間違いないです。
もしかしたら、やってる本人達もそういうつもりなのかもしれませんが、それだったら、ものの数年で終わるはずです。

舞妓さんを復活させるというのは、舞妓の文化をもう一度根付かせるということで、そこには、少々メディアで取り上げられたからとか、イベントで集客できたとか、Facebookでいいねたくさん頂いたとか、そんな話はまるで関係のないことですから。

まとめ


好きじゃなければ、こんなコトは出来ません。
情熱がなければ、とても続きはしません。
あとは、ほんのちょっとの幸運…それだけが必要なコトの全てです。

秋田に舞妓さんの文化が根付くために必要なのは、行政の補助でも、メディアへの露出でもないはずなのはわかりきったコトですから。

以上
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