すべからくの物事には、3つの時期があって。

生まれる時期、誕生期。
発展する時期、発展期。
変わっていく時期、変革期。

どんな物事にも、これがあたはまる。

今は変革期だ。

日本の社会にしても、戦後の苦しい時期に誕生した物事が、高度経済成長期を通じて強烈に発展して。
成長を終えた世の中が、今までの右肩上がりから均衡縮小に対応して変わっていく時期。

年に合わせた働き方


これは別に社会だけじゃ無くて、人の身体に例えても同じ事。

生まれてから20歳近くまでは、親の庇護のもとで、どんどん身体は成長して。
20代は身体を資本にしてバリバリ働けたけど、30歳をこえたあたりで身体だけを資本にした無理な働き方はできなくなる。
身体の限界をうまくマネジメントして、その状況でも結果を出せるように働き方を変えていく時期。

たぶん、今の日本は、30代の働き方への適応に支障を来していて。
頭(お国)では「20代の時と同じように頑張ろう!」と考えてるものの、身体(国民)はぜんぜん付いていかない、付いていけない。
そんな感じ。
で、こんなはずじゃない、こんなはずじゃないと嘆くばかり。

年取ったんだから、年取ったなりの働き方を模索しないといけないです。

伝統的な物事も一緒


これって、お祭り、伝統芸能、職人技術といった、長きにわたって受け継がれてきた伝統的な物事に関しても一緒です。

こうした伝統は、ずーっと昔の時代に、その時の人々に必要とされて誕生したはず。
そこから一定の様式やスタイルを確立して、多くの人が関わり発展し、今日に伝わっている。

でも、いつまでも変わらぬスタイルのままでいられるわけでなく、時代に合わせて変化、適合をしていけなければ、やがて消えていくことからは逃れられない。
変革期を乗り越えられなければ、伝統は続かない。

とはいえ、じゃあ昔からの様式やスタイルを全て捨て去ってゼロからスタートするべきかと言うと、そういうわけではなく。
こうした伝統が生まれる元になった時期の、人々のニーズや、想いを理解して、根本の部分を見定めること。

そこを無視して、一方的に現代のスタイルに迎合する必要はないし、そこさえ間違わなければ、どんな形に変遷していっても構わない。

たぶん、遠い昔に生まれて、それが現代まで伝わっているたくさんの物事は、根本の部分を間違えること無く、時代に合わせて柔軟に変わってこれたからこそ、今の世の中に伝統を伝えている。

変わることを厭わなかったからこそ、存続することができた。

変わることで生き残る


今、世の中を見渡してみると、伝統的な物事を、伝統的な様式、スタイルに閉じ込めたまま存続させることに多くのリソースを割いているように見える。

アプローチが逆だ。
それでは続かない。

秋田では、国文祭で多くの人が、伝統芸能や伝統行事に触れることができたものの、賑わいを作り出すイベント要素の一つとしてしか認識されてないような気がする。
確かにそれも悪くはないけど、それだけでは続かない。

何を守って、何を変えていくべきか。
そこを真剣に考えて、今すぐにアクションを起こさないと、もう間に合わなくなる。

とりあえず、男鹿のナマハゲは、むやみやたらに露出を増やすのをやめたらどうですかね?
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