昨日、田沢湖畔にある潟分校に行ってきました。
たざわこクラフト市を見に行ってきましたが、駐車場はほぼ満車状態で、校舎内も人で賑わってます。
何回目かの開催だと記憶してますが、イベントの主催者が丁寧に育ててきたひとつの結果だと思います。
補助金もらってドンとやっただけの官製イベントでは、こういうことはありえません。
これからも丁寧に育てていって、こうした文化を根付かせてほしいと思います。

まぁ、自分は人っ子一人いない、落ち葉が落ちる音が聞こえるような潟分校が好きなんですが…

きちんと保存活用されている潟分校


2014-05-24 11.34.02
いつも行く度に思うのは、潟分校がきちんと保存され、活用されていることは凄いことだと思ってます。
古い木造校舎を維持管理するには、思っている以上にカネがかかります。
古くなったインフラまわりはすぐに何所かが壊れて補修の必要が出ますし、屋根だと、外壁だのもそう。

民家と同様、誰かが常にいて手をかけてないとあっという間に痛んでしまいますから、人手もかかります。
入場者から協力費として200円を徴収してますが、これだけで間に合うはずがないです。
地域の中に出資者(個人にしろ、団体にしろ)がいるということです。

昨日は駐車場係に、年配の方々が来ていて、おそらく地域の住民の方だと思いますが、カネを出す人、労働力を提供する人、イベント開催を取り持つ人(これは中の人なのか、外の人なのかわからないですが)というコミュニティが形成されているのが素晴らしい。
行政も絡んではいるんでしょうが、少なくとも行政抜きで維持できる仕組みを持っているのは、これに取り組んできた方々の功績です。

まぁ、端で見ているだけでは分からない課題や問題もあるでしょうが、それでも自分らの残したいモノを、自分らで維持できる仕組みがあることは、たいしたものです。

行政管理の加茂青砂小学校


DSC_1484
男鹿市にも、加茂青砂小学校という古い木造校舎があります。
サイズ感もだいたい潟分校と同じで、山の潟分校に対して、海の加茂青砂小学校という風に自分は見ていました。
割とイベントの開催などもあって、こちらも上手く活用されてるなぁ…と思っておりました。

が、数年前の老朽化改装で、外壁の木材が、新しい綺麗な木材に取り替えられてしまいました。
残念ながら、元の校舎の古びた暖かみのある風情は、もう感じらません。

加茂青砂小学校は行政の管理であったと記憶しています。
行政が管理している以上は、行政の都合で手を入れられるのは仕方がないことです。
問題なのは、行政が管理せざるを得ない状況にしてしまったこと。

潟分校のような事例がある以上、加茂青砂小学校を昔の風情で残せなかったのは、民間に責任があるということだと思います。
結局、自分たちが作りたい未来は、自分たちで作るしかなく、行政に任せることは最悪手の一つだということは覚えておくべきなんでしょう。

まとめ


自分たちが残したいモノは、自分たちで維持管理できる仕組みを手にしておく必要があります。

文化的価値、芸術的価値のように、直ちにカネにならないようなモノを残そうとしたときに、それは行政が責任を持って残すべきだと主張する方もいらっしゃいますが、間違いです。
といいますか、結果として間違っていました。
行政に余力があれば、多少の手助けがあっていいかとは思いますが、基本的には、自分たちが残したいモノは、自分たちの力で残す努力をするべきです。

そのためのコミュニティ作りをするべきですし、カネを回す工夫もしないとダメに決まってます。
それが出来ないというなら、それは残すべきモノではなかった、という判断をするよりない。
あくまで、自分の中の残したいという想いを、どれだけの人に共感してもらえるかが大事なところ。

以上。
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