iPadのメモリ残を確保

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CUBASISを導入して、楽器練習用タブレットになりました、うちのiPad2。

ちなみに、もう5年前の機材ですが、MIDIで打ち込みで使うには必要十分。
入力でもたつくとか、動作が鈍いとかは一切ないです。
というか、ざーっと流れで作業するなら、マウスでちまちまやるより快適かも。

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たぶん、オーディオインターフェース経由で、ハイレゾ録音とかすると無理がきそうですが、そーゆーのはPCでやりますので。
こちらは、手軽に練習用に使えるのがポイントです。

ただ、16GBモデルなんでメモリ残はかなり厳しい。

というか気づいたら残り300MBとかだったんで、使ってないアプリ、データは全部削除。

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それでも、あまりメモリ残が減らず、いわゆる大量の「その他」が残る形に。
CUBASISのデータとかも「その他」になると思うんですが、それにしてもありすぎ。

というわけで、久しぶりにiPadを初期化してみました。
「その他」が大量にあるときの常套手段です。

iTunesにつないでバックアップをとってから「iPadを復元」を実行。
復元が完了した後に、バックアップから元に戻せば、いくらかメモリ残が増やせます。
けっこー時間はかかりますが。

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うーん、メモリ残は増えましたが…ちょーっと心もとないかな。

実際、5年も使ってるのでバッテリーはもうだいぶ弱ってますし、あんまり寒いとこだと充電してくれないとか製品寿命は間もなくって感じ。
今すぐじゃなくてイイけど、買い替え検討しないと。

次はiPadAir2あたりですかね。
Penceilは使うコトないでしょうからProは要らなさそう。

下手に次モデル待ったりすると、iPhone7みたくヘッドホンジャックなくされるのも困るので、次モデル発売前までにメドつけときたいです。

32GBだと、すぐ埋まりそうですし、128GBモデルあたりが適当かも。
貯金しないと。

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楽器練習にiPadアプリのCUBASISは使えます

最近、ちょっと楽器熱が再燃中。

ちっさい頃はキーボード、10年くらい前にSAXをちょっとだけ。
でもって、今はまた電子楽器とSAXの間の子みたいな楽器をいじり始める。

そのへんの詳しいトコは後々。

MIDIデータを打ち込み

練習用のアンサンブルスコアを入手したので、ひさびさにMIDIで打ち込みしてみました。
ガイドにもなりますし、マイナスワンで鳴らしてアンサンブルの練習にも使えますし。

最近はフリーでもMIDI打ち込み用のいいソフトがあって助かります。
DOMINOっていうのが、フツーの打ち込みもいけるし、プログラムチェンジとかもちゃんと入れられて、大変便利。

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と言いながら、実は、打ち込みはiPad2でやってます。

Steinbergの「Cubasis」っていう音楽制作アプリ使ってみました。

タッチ操作で打ち込みできるって、意外と快適なんですよ。
ミストーンもあるんですが、さっと直せますし、慣れるとマウス使ってPCよりも快適かも。

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ちなみに無料版はただのデモでほとんど何もできないんですが、それにSteinberg製のオーディオインターフェイスを接続すると、「Cubasis LE」っていう割りと本格的なアプリとして使えるようになります。

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この間、SteinbergのUR22mk2っていうMIDI&オーディオインターフェースを購入してたので、今回はこれで入力してみました。

さらに、いざPCと連携しようとすると、「Cubasis 2」へのアップグレードが必要になって、それが3,600円ほど。
ちょうどセール期間中で半額の1,800円だったので、どうせなら…って感じでApp内課金。

おかげさまで、あまり手間暇無く、iPad2で打ち込んだMIDIデータをPCに転送。

DOMINOを使って、きちっとしたSMF(標準MIDIファイル)に整形して活用しとります。

移調楽器

今回はトランペットのスコアを打ち込んだんですが、楽譜の冒頭にあった「Trumpet in B♭」の表記が意味分からず。

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とりあえずそのまま打ち込んだんですが、他のパートと一緒にならすと不協和音になってアンサンブルしない。

はてさて…と調べてみると、世の中には「移調楽器」なるものがある…と。

楽譜上の音程と、実際に鳴る音程が違う…と。

ふえぇ…

なんでよ…

我々が一般的にドレミファソラシドと思っていたのは、言ってみれば「in C」のルールに従って楽譜が作成されてたってコトのようで、「in B♭」の場合は、実際の音は2度低い音になる。

Trumpetで譜面に従ってド(C)の指使いで音をだすと、実際の音程はシ♭(B♭)の音になると。

世の中、吹奏楽やオーケストラやってた皆さんって、こーゆー苦労してたんですね。
知りませんでした。

で、このデータも「打ち直し?」とか思いましたが、世の中便利にできてましてCubasisでTrumpetのトラック全ノートを選択して、そのまま2度下げてあげれば、ちゃんとアンサンブルしてくれました。

ほっ。

練習用にはなかなか使えそう

音符通り打っただけなので、レングスもベロシティもそのままのつまんないデータなんですが、演奏練習用にはちょうどいい。

パートごとにトラック分けたので、マイナスワン練習もできます。

テンポも自由に設定できますし、楽器演奏者が単体で購入しても十分練習に使えるんじゃないですかね。
メトロノームだけで練習するより、ずっといい。

譜面から打ち込みするときに、楽譜読みの練習にもなるし、実音との関係も意識できますし、楽器吹きの方のお供には良いかも。

通常は単体で6,000円ですが、本気で練習するならiPadユーザーなら買って損なし。

梨が甘すぎるっていう人、他にもいないかな?

むかし、梨は大好きな果物だったんですよね。
まぁ、今も好きって言えば好きなんですが、ちょっとむかしとは違う。
一言で言えば「甘すぎる」。

梨一個、甘くて食べられません

前は、梨まるまる一個ぐらいは、すぐに食べちゃったんですが、今は、「甘み」が舌に残りすぎて半分ぐらいで、もう結構です…ってな感じです。

あまーい品種が主流になっちゃいましたから。

なので、今でも昔の品種の「長十郎」なんか見かけるとサッと買ってくるし、最近の甘い品種でも、上手く甘くならなかったのを美味しく頂いてるような状況。

もちろん、歳とった関係で味覚が変わったのもあるとは思うんですが、自分の他にもこーゆー人は割りといるんじゃないかなと思ったりする。

農家さんは、「甘い」方が売れるからと思って作ってるかもしれないけど、昔1個食べてた人が、今は半分しか食べないということは、売上半減の危機のような気がしないでもない。

それを差し引いても、「甘い」果物の方が売れてるってコトは、みんな「甘い」のが好きなのかもしれない。
まぁ、それは仕方が無いのかも。

個人の味覚…好みの話しなんでね。

味覚の発達には教育、訓練が必要

最近人から聞いた話だと「甘み」ってのは、人間が本能的に求める味覚(塩味、甘味、旨味だそうな)であって、味覚の発達段階の子供に、何の制限も設けずに食べ物を与えてると、「甘い」食べ物を好んで食べるのは仕方がないコトらしい。

子どもたちが、きちんと味覚を発達させるには、きちんと食事の味付け等で工夫して、味覚の教育、訓練することが必要なコトらしい。

昔は、そんなコトしなくても塩味、甘味、旨味を無制限に摂取するのは不可能だったわけですが、今はそーゆー味の食品が溢れてるので。

つまりは、今、果物を好んで買ってる人っていうのは、そーゆー味覚の教育や訓練を受けてこなかった、もしくは受けられなかった人たちが大多数ってコトなのかもしれない。

田舎の方が有利なんじゃない?

まぁ、都会に住んでると、たしかに新鮮な食材に触れる機会が少ないし、素材の美味しさを活かした料理ってのが主流にはなりづらい。
後からきちんと味付けしたげないと美味しいとは言ってくれないだろうし、そーするとどうしても塩味、甘味、旨味を主体にした濃い味になるのは仕方ないのかも。

鮮度の落ちた食材を薄味にすると…ただ不味いだけだろうし。

田舎に住んで、新鮮な食材が身近にあると状況は違う。
味を基準にして調理をすると、十分薄味調理で美味しくいただける…ってのはあるだろう。

そーゆー食材に触れる機会は、田舎の方が圧倒的に多いので。

何が「美味しい」のか、って精度が都会だと0と1の2段階でしか判断できないのが、田舎だと0から1までを100段階ぐらいに分けて判定できるような気がする。

こーゆー味覚を持ってる人にとって、今の果物の「甘さ」は、他の味覚とのバランスを崩した極端に甘いだけの食材としてしか感じられないのかもしれない。

誰か研究してみてくれませんかね…

味覚の話なんで、他のヒトのコトに関しては推定でしか話ができないけど、どっか大学や研究所で調査とかしてみませんかね。

その結果によっては、「甘い」だけじゃない、美味しい果物が作られるようになるんじゃないかと、ちょっと期待してみたり。

嫌いというのも悪くない

ちょいと本を読みました。

「ひとを“嫌う”ということ 中島 義道」

人間、いやなコトはあんまり考えたくなくて、中でも「嫌い」という感情には、自他問わずあまり触れたくないし、触れられたくない。

しかし、よくよく考えれば、嫌いという感情は、好きという感情と同じぐらい自然なコトで、これを切り離して考えるコトは逆に不自然。

毛嫌いせずに、きちんと「嫌い」に向き合うコトで、人生は豊かになる…ってな感じの内容。

まぁ、これは「嫌い」という感情に限らず、あらゆる人間の感情に言える事なんでしょう。

実際、自分も「好き」な人がいるのと同じように、「嫌い」な人がいる。
あの人の、この部分は「好き」だけど、この部分は「嫌い」というコトもフツーにある。

自分も、あんまり一般的な人生を歩んでないコトもあって、人に対して思うコトもあれば、人から悪く思われてるコトもあるはず。
そーゆーのに、あんまりビクビクしないで、納得ずくで、そーゆーもんだ…って生きればいい。

割と、あぁ、そーだよね…って同意する部分もあったし、あ~もしかして自分でも気づいてない感情あるかも…って思うコトもあったり…あ、これ関係ないって思うコトも…と、いろいろと多々。

なかなかに、文章を味わって咀嚼するのに適した良本でした。
レビューに読みにくいって評価がいくつもついてますが、このぐらいの文は読みましょう。
そのぐらいの読書力は持っていい。

「嫌い」というのは、原因要因はともかく、その感情自体は自分の内側のコトなので、それを上手くつきあってかなきゃいけないよね…っていう意味では納得の一冊。

パンとナイフ

あくまで個人的な趣味なんですが、パンは堅い方が好きです。

外はカリッと、中はモチモチっていうのとは真逆の。
噛みにくいとかレベルじゃなくて、噛んで引き千切って食べようとすると歯が危なくなるぐらいのレベルの堅さが。

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なので食べるときは、ナイフが必須。
口の中に入るサイズに切ってから、もぐもぐ噛みつつ、唾液で徐々に柔らかくなってく感じ。

何か、こう、食べてるって実感に溢れてる。
最近、食事の中に、こーゆー感覚ないから。

でもって、そーゆーパンはたいてい酸味が強くてクセがある。
パンとナイフ、あとチーズとワインなんかあると、プチ至福タイムが味わえそうな雰囲気もそこはかとなく。

まぁ、何を好き好んでって感じですが、好きなモノは好き。

柔らかくて、甘いパンばっか美味しいってワケじゃない。

好みは人それぞれ…って、皆さん口で言う割には、みんなが美味しいっていうモノを、みんな食べに行くってのは、割と不思議なお話し。

好きなモノは好き。
人が好きなモノを、自分が好きとは限らない。
自分が好きなモノを、人が好きとも限らない。

単純だけど、けっこー生きてく上で大事な真理の一つなんでないかい。

男鹿半島も、季節は秋から冬へ

ここ数日で、男鹿半島も秋から冬の気温に変わってきました。
日中の最高気温が10度超える日も徐々に減ってきましたし。

家の内外のいろんなモノが冬対応に。

花鉢の室内収納

我が家には、実は花の鉢がたくさんあります。
園芸趣味の母のモノですが100や200じゃききません。

それらは普段は家の外に置いてるんですが、冬季は家の中に入れて越冬させます。
んでもって、その運搬作業の大部分は自分の役目となるわけです。

昨日は急激に寒くなってしまったので、家の中の花台設置等が間に合わず、とりあえず玄関の土間に収納したわけですが、こんなありまさで。

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家の中に入れちゃえば、とりあえず枯れてしまう恐れはなくなるので、少しずつ場所を移していく予定。
このままだと、人が出入りできない。

タイヤ交換

よーやくタイヤ交換も完了。
今年も自分で交換です。

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知り合いだと、タイヤが重いのでGSやショップに頼む人がけっこういるようですが、自分の車は軽いので楽ちんです。
145R12-6PR LTっていうやつで、2個一緒に持ってもたいした重量じゃない。
ちゃっちゃと30分もあれば作業完了。

値段も安いです。
タイヤのみなら4本で1万円ちょい。
パンクした時には、修理工賃と1本あたりの単価があんまし差がない…いっそ4本買い替えちゃおうかって考えるぐらい。

車に何を求めるかは、人によって違いますが、自転車が2台余裕で運べるコト、維持管理費が安いコト、寝袋積み込んで車中泊が容易なコト。
このあたりを重視する人には軽1BOXはお勧めですよね。

もちろん平均速度は遅め、静粛性なし、乗車姿勢やや立ち気味、高級感なし、まぁロングドライブに向いた車種じゃないですので、そーゆーのはイヤって方は避けていただいて。

ちなみにカーオーディオの音はいいんですよ。

静粛性なし=吸音材が少な目ってコトで、つまりはスピーカーが設置されてるドアが、ドア全体で響くような感じ。
自宅のコンポで聞こえなかった音が、スーっと聞こえてきたりと、意外と音楽好きにもアピールポイントがある。
まぁ、スピード出すと、ロードノイズがうるさくなってくるので、50km/h程度での巡行が苦にならない人なら。

干し柿が甘くなりました

先月、剥いて干してた柿が美味しくなりました。
もちろん、上品に一個一個とって皿にのっけていただいてもいいんですが、やっぱり、家を出るときに、ぐいっとヘタからもぎ取って、そのままパクっとやっちゃうのが「らしい」ですよね。

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今だと、外に干してるものそのままなんて衛生上大丈夫?って思う人もいるんでしょうが、大丈夫に決まってます。
今の時期の最高のおやつです。

秋から冬は、どーしても路面が濡れた状態になるコト多いので、自転車乗る時間作るのがちょっと難しい。
トレイルも楽しいけど、帰ってドロドロのバイクを洗うのが、ちょっと冷たい。
いっそ雪が積もっちゃえば、MTBで遊んだり、XCスキーで楽しんだりと、雪遊びできるんですよね。

冬も人生楽しまないと、一生の1/4を無駄にするわけですし、今年も本気で遊びますよ。

ストレスは発散できません、ちと忘れるだけ。

何かで読んだことあるんですよ。

「ストレスは発散できない」ってなお話。

確かに。

人間って、そう簡単に都合の悪いことを、無かったコトにはできないですからね。
しかも、それが自分の生活環境や仕事環境に起因するコトならなおさら。

ストレスは、基本的に発散という行為でなかったことにできるわけじゃなくて、永遠に溜まり続ける。
少なくとも、脳が正常に記憶を積み上げていく限りにおいては。

ちょっとの間、忘れることはできる

ただ、何かに夢中になるコトで、一時的に忘れることはできる。

一生懸命に打ち込むことで、頭の中にあったストレスが、一時的にその居場所を明け渡して、打ち込んでるコトに100%に没頭させる瞬間。

今まで、心の中を大きく占めていたストレスが、心の中心から移動する瞬間。

この瞬間ってのは、けっこう重要だと思う。

もちろん、コトが終わればストレスは戻ってくるわけだけど、一時的にいなくなる前後では微妙にその形も大きさも変わってる。

自分の心の中に、強く根を張って、もう一生逃れられないかのように思えたストレスが、実は台車にのっけて、ちょっと移動させられる程度の過般性のあるものだという認識に変わる。

それに気が付くだけで、大きな意味があるはず。

夢中になれるものを持つ

そーゆー意味では、別にプロフェッショナルなレベルに達する必要はないけれど、夢中になれる趣味、作業、仕事、などなど。
何かしら手に持ってる人ってのは、ストレスとの付き合い方が上手だといえる。

発散するんじゃなくて、夢中になって一時的にどっかに寄せる。
それができるだけでだいぶ違う。

自分であれば、自転車だし、持久系スポーツは総じて夢中になれる、もしくは無心で集中できる時間を作りやすいように思う。

あとは、自分の経験なら楽器とか。
練習してる間、余計なコトは考えてる余裕ないし、上手く演奏できれば嬉しいし。
人前で演奏する機会…なんてのも、すごい刺激になるし。

まぁ、ほんとに何でもいい。

普段から…も大事

大事なのは、ストレスがどんどん溜まる状況になる前に、そうした手段を用意しとくコト。
もうストレスに押しつぶされそうな状況に陥ってしまった後だと、新しく逃げ道を用意するってのは難しいから。

要は普段の生活が大事ってコト。

ストレスは我慢したり無視したりしたらダメ。
相手がどんな形をしてるのか、どうすれば脇にどいてもらえるか、普段からちゃんと見てないと。

ストレスを溜めない人間なんて誰もいないですし。

屋根上作業には命綱を

朝起きたら、BSが見えなくなりました。

地デジは問題なし。
家中のテレビで同様の症状。

うーん、アンテナまわりの不具合のようです。

というわけで朝から屋根上作業をする羽目に。

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何となく、昔のsakusakuっぽい絵柄(神奈川ローカルネタ…男鹿在住ですが)

原因はアンテナポールの固定部分が腐食してたため、アンテナの向きがずれただけ。
交換できる部品を交換しつつ、後は針金で不用意に動かないようにあちこち固定して完了。

そのうち、アンテナポールと台座、UHFアンテナも交換しとこうかと思います。
VHFアンテナは、もう何の電波も飛んでないので廃棄。

ただ、もうこの時期なので、作業可能な晴れた日はありますかね~
最悪、春まで先送りでしょうか。
濡れた屋根上には登りたくはないです。

高所作業というコトで、念のため、命綱代わりにロープを張ってましたが、ロープと体をつないで固定する機材が無かったので…まぁ、気休め。

あと、ヘルメットも用意しとくべきだったな~と後から思案。

いずれもホームセンターで揃いますし、そう高価なものでもなし。
屋根のペンキ塗りや、雪下ろし等のコトを考えると、用意しとくべきでした。

ともあれ、今日が晴れた日で良かった。

気に入らなければ、無視すればいい

犬娘動画が各所で話題…なのはどうでもいいんですが、なーんかそれなりに発言力強げな方々が、ネットで一斉に批判してる様子を見てなんだかな~って思うコトしみじみ。

誰かが、ちーっとマズいことをしでかす。
  ↓
発言力強めの人が批判する。
  ↓
発言力なさ気の人も便乗して批判する。
  ↓
わーっと炎上
  ↓
最初にしでかした人が謝罪とか取り下げとかする。

なんか、この構造…あんまりにも一般的で、もう付き合う気にもならない。

さらに言えば、今回のこの展開…狙い通りに仕組んだもののようにも見える。

気に入らなければ無視すればいい

誰かが何かがやらかしたな~っていうときに、ここぞとばかりに批判するってのは、正直、物凄く幼稚に見える。

もちろん、当事者、関係者の1人だったり、直接の利害関係者だったりすれば別だろうけど、何の関係も、それこそ普段は興味もない事柄に関して、この時ばかり話題に乗っかって批判してスッキリしようってのは人間幼すぎ。

気に入らなければ、「ふーん…つまんないね」って無視すればいい。
それで十分。
それ以上の言葉をかける必要もない。

無視されれば、何が悪かって本気で考えるだろうし、次はもっと良いモノを出そうって真剣に取り組む。

逆に、変に話題になると、じゃぁ、この路線で…ってコトになる。

正直、今回のは、言ってみれば「釣り動画」

批判だろうが何だろうが、話題にさせるコトだけが目的で、それに乗っかった皆さんは、まんまと引っかかったコトになる。

気に入らなかったんなら、無視してあげるのが、マトモな路線に戻るための一番の応援であり、建設的手段であるといえる。

表現の芽を摘まない

今回のが該当するかどうかは別として、他人の表現に、中途半端な言葉をかけるのは、良くないと思ってる。

何かを表現したり、形作って世に問いだそうとする人は、受け止める人が思ってる以上に、ヒトの意見や、感想、批判に対して敏感だ。

文字で寄せられた意見を、何度も何度も読んだりして、その意味するトコロと、自分の気持ちを折り合いを付けることに、膨大なエネルギーを要する。

真摯な意見だったらともかく、意味不明な上から目線の批評だったり、ただ自分の嫌悪感を大声でぶつけてきたり、他の声に乗っかった大量の便乗批判は、このエネルギーを無駄に消耗させる。

場合によっては、二度と表現の場に帰ってこないことだってある。

こんなコトで、世の中に生まれそうな新しい表現の芽が摘まれてしまうのは残念としか言いようがない。

偉そうな物言いをするヒトの中には、「そんな軟弱者には新しい表現なんか生み出せん!」とか言いそうなとこだけど、世の中そんな威勢のいいヒトばっかじゃない。

繊細で、気弱で、控えめなヒトじゃなきゃ生み出せない表現や世界って確かにある。

世の中に、自分の気に入らないモノが存在するってコトを許せないってヒトはほんとに幼稚。
そんなに世の中、自分を中心に回ってるワケがない。

無視するなりして、うまく距離を取るなり、住み分けていけばいいだけの話し。

そーゆー生きやすい、活きやすい世界に住みたいもんだ。

町なんか、他所の人に譲っちゃおうよ

この秋は、珍しくあちこち動いて、大曲、横手、盛岡など遠くの町へ。

どこも、それなりに衰退して苦労してるのな~って感じるものの、やっぱ地元男鹿は比較にならないほどの衰えよう。

もともと人口規模が小さいんだから、経済的な指標をチェックしててももちろんダメダメだし、そもそも町中を通過してるだけでも、その風景からひしひし感じとれる。

もう、”町”として動くより、”村”という意識で動いたほうが適してるね…と思わされる。
住宅しかない町って、つまりは産業の無いベッドタウンってことです。

男鹿半島は港湾整備っていう公共事業にずーっと頼ってきたけど、もうそーゆのもないだろうし、このへん割り切らなきゃいけないと思う。

男鹿は都市としては発展しない

豊かになるのを諦めるという意味じゃないですよ。

都市としての発展にしがみつくと、悪戯にリソースを消耗しちゃうだけだと。

だって、どう考えても、他所の都市との競合に生き残れそうな要素が全く無い。

港湾工事も無くなって、飲食店もお店も激減した船川にあえて住む理由は見つからない。

船越だって、単に秋田市に近いだけで、だったら秋田市に住んだらって話。

都市として比較すると、どう考えても他所の市の方が条件がいい。

どう頑張ったところで、この差を埋めるコトは不可能と言っていい。
だって他所だって同じように頑張ってるんだから。

人口は維持しなくていい

これはいつも思ってます。
もう人口なんか維持しなくていい。

人口が増えたって、それを食わせていくための産業が無いんだったら意味ないってコト。

いま3万人切ったって騒いでるけど、極端な話、産業規模との釣り合い考えれば3千人ぐらいまで減ったって、別にいいんじゃないかと思う。

そーすると一人当たりが自由にできるリソースが増えるんだし、これってけっこうなメリットなんじゃないのかと。

結果、僅かな農業、漁業と、ちょっとした工業、あと観光を中心とした事業で、全員が食っていける規模に収まりそうな気がしてる。

幸いにして秋田市との距離は近いので、必要なモノは秋田市に行って調達すればいい。

食料と日用品が調達できる店が数店残ればとくに困らないだろうし、なんか残りそうな気がしてる。

インフラはなるべく規模を縮小しながら、維持コストはもう中央からのカネに頼っちゃおう。

田舎の人口と人材を吸収して大都市は発展したんだから、そのぐらいの面倒は見てもらって罰は当たらないんじゃないかな。

大都市も、もうダメってなったら、もうこの国全体がダメってことだし、そーなったら諦めて自給自足するしかないね…

そーなったら、人口は300人ぐらいが適切か。

譲り渡す覚悟

自然減(お年寄りが自然に亡くなる)については、別に何の問題もないんで、人口が減ってくこと自体は問題ないでしょ。

ただ、若い人が少ないってのは、生活してて面白くないんで、なるべく人が入ってきやすい環境は作りたい。

環境って言ったって、別に行政に何かしてほしいってな話じゃなくて、そういう受け入れに積極的にコミュニティ(つまりは人)を作るコトが必要。

ちなみに、こーゆーのは何かのセミナーで育成できるものでもない。
経験値のみがすべて。

方法としては、実はホントに簡単で、ちょっとした覚悟の問題です。
もともと地元に住んでる人側の。

他所から来た人間、もしくは自分の子供や孫たちに、この地域を譲り渡す覚悟。

必要なのはこれだけです。

どーも、今の年配になってる方々は、急激な経済発展の中生きてきた影響なのか、自分のモノは、死ぬまで自分だけのモノっていう意識にとらわれてるよなーって感じる。

それでもって、町が自分の思うようにならない…ってのに対して、かなりの抵抗感がある様子。

そんなコト言ったって、この町の未来を作るのは、次の世代、次々の世代であって、彼らに主導権を渡さないと、過去のしがらみにとらわれたままの町は硬直化して滅びる。

60歳過ぎたら、もう町の未来は、下の世代に丸投げでいいんです。

町なんか譲っちゃおうよ

子供でも、孫でも、移住者でも、好きにやらせればいいんです。

モノだって、自分はもう使わないんだから、誰が使ってもいいよ…と。

土地だろうが、家だろうが。

それで、自分の「幸せ」が減るわけでもないし、誰かが「幸せ」になるなら、それが一番良い方法って割り切り。

そーゆー「譲り渡す覚悟」さえあれば、他所から人は入ってくると思う。

今の若い人が求めてる”豊かさ”は、経済発展一辺倒だった昔の”豊かさ”とは別物なんで、たぶんほとんど利害は衝突しない。

覚悟さえ決めて譲っちゃえば上手くいく。
逆に、あれこれ縛れば上手くはいかない。

たぶん、経済発展からは取り残されるだろうから、あんま贅沢な暮らしはできないけど、毎日は楽しいと思うよ。

半島全部が生活フィールドになるし、半島全部が遊び場になる。
そんな暮らしを築いていかないと、たぶん、男鹿半島だと生きてけない気がしてる。